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別視点 ここまでの道のり

私はいろいろと因縁の深い家庭に生まれました。
長女で4歳下の妹がいます。
ここには書きませんが、かなり大変な家庭です。

小さな頃から親元を離れて育った
博愛の母親のはけ口は私でした。

昼間は母親から叩かれるので戦い、
夜間は母親の話を聞くカウンセラーでした。

家の中での一人遊びが好きで、
絵を描いたり本を読んで過ごしていました。

大人から見ると落ち着いた賢い子に見えたらしく、
両親や親戚や先生からは
認められて尊重されていました。

父親の放蕩がひどかったので、 小学生のときには、
「この家庭から抜け出すには、大学に行くしかない」
と思っていました。

そんな家庭でしたが、
母親がパートに出たおかげ様で
中学・高校と塾に行かせてもらいました。

母親の手作りの美味しい料理を食べていました。
高校から結婚するまで、
心のこもったお弁当を作ってもらっていました。

父親が働いてくれたおかげ様で、
大学は学費の半分を奨学金を借りて行きました。

お給料の良い商社に雇ってもらえたので、
奨学金は働いてすっきり返還することができました。

家庭環境のおかげ様で強くたくましく育ちました。

底辺を見ているので、
何があってもどうにかなることを体得しています。



頭が良いので出世するだろうなと思っていた
一度目の結婚した人が予想通り出世をしたため、
望んでいたものは全て叶いました。

私のプチ・マダム時代です。(笑)

高級住宅街の新築のマンションの最上階に住んで、
何にもとらわれず自由で、
美味しいものを食べて、
好きなときにお得に旅行をして、
大学で自由に好きなときに好きなだけ働いて、
料理・パン・フラワーアレンジを習い、
屋上テラスでガーデニングやバーベキューをして、
オーダーでシャツを作ったり、
インテリアの洋書を眺めたりしてました。

あとは子供を産むだけになって、
窓の外を眺めていて、
そこに見える私立の小学校に子供を
入れるんだなと思っていました。

そうして、空虚で絶望していました。(笑)
一度目の夫から離婚を言い渡されて、
すぐに離婚しました。

33歳でした。
ここで一度目の人生は終わりました。
物質的な貧しさ→豊かさを体験しました。

そして、ここまでの人生経験で、
「人生はコントロールできる」
「設計図を描けばそのとおりになる」
と思っていました。

だって、叶えるために生きるから、
そりゃあ叶いますよね。

しかし、こんな風に現実創造しても、
つまらない=魂は喜ばないってことです。



離婚した後、臨床心理士養成施設で
事務&受付の派遣社員をすることになりました。
やっぱり心理に関わりたいと思ったのですね。

私から見て最も優秀な臨床心理士さんに問いかけました。
「夢はすべて叶うんだけど、思っていたのと違うんです。」

臨床心理士さんは「それは深いね。」と言いました。

人生をかけて熱心にお仕事に取り組む
臨床心理士さん達を見ていて、
私も天職が欲しいと思いました。

「天職があれば、今より幸せになれるはず。
生きている意味が感じられるはず。」
と思っていました。

そうして、プロフィールに書いてあるように、
ホメオパシーで癒しはじめました。

何かになりたかった私は、必死で何かになろうとしました。
ワクワクしてみました。

その結果、生命力が枯渇して衰弱しました。
私の必死さとワクワクは、ただの闇雲でした。(笑)

今はわかりますよ。
ハートや魂から出るワクワクと
頭や自我から出るワクワクとは違うんです。

本当のワクワクは、
しみじみとした「湧く沸く」なのだと
私は体験から思っています。

2012年12月。
衰弱した私は当時はまっていたところとは
別のヒーリングを受けに行きました。

ヒーラーさんはセッションの最後に言いました。
「私はこの仕事をしなくても幸せですよ。」

これがこの流れの答えでした。

このセッションの1か月半後に、
「ポケットの中のダイヤモンド」という本に出会い、
ヒーラーさんの言葉の意味が分かりました。

そうして、この流れ=セラピスト&ヒーラー時代
が終わりました。

この闇雲時代に静けさや瞑想に出会わなかったのが、
私の運命ですね。

生きているだけで、
愛そのもの、幸せそのもの、喜びそのもの。

そこが感じられるようになってから、
しっかり満たされてから。

自然に流れのまま今ここからハートから静かに
創造・展開していくのが心地良いなと思っています。


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INNER VOICE [内なる声]




「内なる声(インナー・ヴォイス)は、言葉ではなく、ハートの無言の言語で語りかけます。 それは真理しか話さない神託に似ています。 もしそれに顔があったら、このカードの中心に描かれている顔に似ているでしょう。 -油断なく、見守り、水晶をもっている二本の手に象徴されるように、 光と闇の両方を受け入れることができます。 水晶そのものは、すべての二元性を超越することから生じる明晰さを表しています。 「内なる声」は遊びに満ちたものでもあります。 感情のなかに深く飛び込み、そして再び空へと舞い上がるために、 浮かび上がってくるからです。生の海の中で踊っている二頭のドルフィンのように-。 内なる声は三日月の冠を通して宇宙とつながり、この人物のキモノに描かれている 青葉で表されているように、大地ともつながっています。
◆生において、あまりにも多くの声が私たちをあっちへこっちへと 引き回しているように思える時があります。 そうした状況で私たちが混乱すること自体が、沈黙を探し求め、 内側で中心に据わることを思い出させてくれます。 そうして、初めて、私たちは自分たちの真理を聞くことができるのです。
OSHO禅タロットカード 解説書P22より引用

 

TRAVELING [トラベリング]




この素晴らしい風景をぬって道を歩む小さな人影は、 ゴールのことなど気にしていません。 彼、あるいは彼女は、旅そのものがゴール、 巡礼そのものが聖地だということを知っています。 道を歩む一歩一歩、それ自体が大切なのです。
~~~~~
生はつねに、つねに、連続したものだ。 それは最後の目的地に向かって進んでいくものではない。 巡礼そのもの、旅そのものが生なのだ。 どこかの地点に生き着こうとしているのではなく、 ゴールもなく-ただ踊りながら、巡礼の内にあって、 どんな目的地も気にせず楽しく進んで行く-。 目的地にたどり着いたところで、 あなたはなにをしようというのかね? これまで誰もこんなことをたずねた者はいない。 誰もが生に目的地を設けようとしているからだ。 だが、それが暗に意味するのは・・・・・・・。
OSHO禅タロットカード 解説書P108-109より引用

 


 

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